8耐のスタート風景 初の自転車レースの出場とあって、右も左もわからないような状態で筑波サー キットへ行ってみると、その参加チーム数及びその人数の多さに先ず驚かされた。
さらにはみんなの自転車やカッコを見て明らかに自分たちが浮いていることに不安を覚え、レースが始まるのと同時にその不安の部分が見事的中することになる。

レース前、車検が我々の最大の難関と考えていたが、その車検もあまりの参加台数の多さに検査する人が追いつかず、かなりいい加減なもので助かった。
さらにレース直前の試走は1走の#24友がピットロードに入りそびれて時間がなくなり、他の3人はぶっつけ本番となってしまった。

PM3時スタート、ゴールは夜の11時である。
午後3時といっても8月の初旬だけに、6時半くらいまで激暑。(この4時間弱がとにかくきつかった。)
レースが始まって、レース展開が想像していたものとは全く違うものであることに気づくのに 1周は要しなかった。

「速い!」

さらに最速集団たちは恐い!。一歩間違えば大事故になるような状態だからサーキット内を張りつめた緊張感が包む。

最初は8時間という長丁場だけに遅い人はかなりいるだろうと考えていたが、甘い。あの雰囲気の中でゆっくりなんて走ってられない。
だから当然運動不足の我々も絶えず全力で踏み続ける。キツイ。はんぱなくキツイ。
しかし似たようなペースの人の後ろについて走るということの重要性を知ってからは、選手個々がそれなりのレース展開をできるようになった。(自転車レースは空気抵抗との戦いだと言われる意味がよくわかる。)
とにかく自分たちと似たようなボロチャリ&自転車用スーツでない普通の短パンTシャツの人を発見するとうれしくなる。

我々がきつい原因は4人しかいないということでもあった。
交代した後も常にレースを見てないと乗ってる人の交代のサインを見逃してしまうので、ゆっくりと休んでる暇がないのだ。

メンバーの写真
そして最後30分間交代の許されないアンカーは#11良が受け持った。
ただでさえ30分走るのは地獄の苦しみなのに、最後ともなるとペースがさらにスピードアップするため見守る我々も気の毒に思ってしまうほどきつそう。

そして8時間完走。心配したトラブルもなく完走できて良かった。
最終ラップやウイニングランなどはすごく盛り上がり感動的な気分になる。
みんな良く走ったが特に#7香織はあの中で良くやったと思う。

最後に個人的に思ったことは、耐久レースとは例えそれが自転車であろうと1台をみんなで使ってこそ意味があるということ。それであってこそ真の「耐久」であるのではないかと思う。


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